フットボールネーション。理論=スポーツの文化がまだまだ根付きにくい

フットボールネーション。理論=スポーツの文化がまだまだ根付きにくい

今では信じがたいでしょうが、今から20年くらい前はスポーツができて勉強が苦手な人を「脳みそ筋肉」とよんだりその逆の人を「運動オンチ」などといってお互いに見下すようなふんいきがありました。

今回紹介する5話は、主人公の沖千尋が「サッカーをやるためだったらなんでもやってやる」と言い切る、少し狂気的な迫力すら感じさせる話です。
フットボールネーション4話。野球の練習とサッカーがどう関係するの?

第5話

謎多きプレイヤーである沖千尋と、横浜ユナイテッドで活躍する一ノ瀬。今回は彼らの幼少期の話とある事件の話が中心となります。

ちょっとネタバレなのですが、実は沖、父親からサッカーをやめろと言われています。

彼の父は医者なのでどうしても沖千尋にサッカーの道ではなく、進学してほしいと思っていたのです。

サッカーなど脳みそが筋肉でできているような奴らがやるようなものだ、と言い放つ沖のお父さんは、典型的な教育パパですよね。

でも教育業界ではやはりこの考え方って強くあって、塾生が職人の道やスポーツの道を目指そうとすると進学実績にならない、塾をやめられて売り上げが下がると困るということで引き止めたりもさせられました。

今思うとナンセンスなんですが。

さて、それでも沖は家出をしようとしたりして父の束縛から逃げようとしますが、兄から言われます。

「あの人から自由になるにはーー徹底的に失望されるしかない」(フットボールネーション1巻P130-131一部引用)と。

そこで沖はある事件を起こす(正確には正当防衛での事故を、沖が身代わりになる)ことで少年院に入ります。

6話で出てくるのですが、その現場に立ち会った沖は驚きつつもまるで「父を失望させるいいチャンスだ」と言わんばかりの表情で罪をかぶります。

フットボールは理論だ

これはどのスポーツにも言えるのですが、サッカーであろうとなんだろうと高校や大学では動きを「言語化する」というプロセスがとられていました。

これまでは私、スポーツはもともとの才能や環境に左右されるから、私みたいな運動苦手な人間はなにやったって無駄なんだろうと思っていたり。

でも運動と言うのは「目から入った情報をもとに、脳が判断して神経に命令を送って動作につなげる」という一連の流れですよね。

これは作業療法でも言われていますが、言語化すると脳のこれまでのクセが治ったり、修正されたりします。

テニスでボールを受けられなかったら、「後5センチ右にずれたら打てた」などとつぶやくと、脳が修正されていくんだそうです。

バスケでもどの位置からシュートするか、無意識にやっている方もあるでしょうがそこにいたるまでは「どうしたらいいか」とつぶやきながら練習していたのではないでしょうか。

そうなんです。スポーツは変化する状況の中でベストな方法を瞬時に選んでボールを打つ、パスする、ドリブルする、移動するといった結果が求められる高度な脳の働きによる運動です。

何も考えずにやっていて必ずしも上達するわけではなく、場数をふんでうまくなっていくという点では、典型的なPDCAを回すような作業でもあります。

作者の大武ユキ先生は、日本がフットボールネーションになるために歩き方や理論自体を変えていこうと主張しています。

私もその辺りは反対ではないですが、教育業界にある「スポーツは脳みそ筋肉」という考え自体も変えていく必要があると思います。

とはいえ、大学病院の整形外科にはスポーツをやっている人もいるそうなので、スポーツをやるために無理のない体の動かし方を研究する人やお医者さんが出てくるかもしれませんね。

まとめ

以上、フットボールネーション5話の感想でした。

今回は沖千尋と沖の父との確執を取り上げましたが、典型的な毒親でしたね。

家業を継がせようという気持ち、焦りがあるのでしょうがとにかく勉強に子供を押し込めようとする父がいたから、沖はサッカーを心のよりどころにしていたのではないでしょうか。

日本には研究気質の人がけっこういそうなので、スポーツ=理論と言う考えが広まったらスポーツでもめちゃくちゃ強くなると思います。

そして歩き方が変で、骨格が曲がってしまうような人も減っていくのではないでしょうか。

まずは「脳みそ筋肉」という言葉をなくしていくことが必要になりそうですね。

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