不登校は母親のせい?そう思って頑張りすぎて疲れてしまった話

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不登校

子どもが学校に行けなくなったとき、よく聞く言葉があります。

「母親の育て方では?」

ネットでも、現実でも、そういう意見を見ることがあります。

私も一時期、そう思っていました。

「自分が悪いからだ」

「自分のやり方が間違っていたんだ」

そんなふうに、自分を責めていた時期があります。

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「母親としてもっと頑張らないと」と思っていた

当時の私は、
「母親としてもっと頑張らないといけない」と思っていました。

だからPTAの仕事も、地域の役割も、できるだけ引き受けました。

学校に関わることはできるだけやろう。
地域でもちゃんとしていよう。

そうすれば、
「ちゃんとした親」になれるんじゃないかと思ったからです。

今振り返ると、かなり無理をしていたと思います。

でも、ふと考えたことがありました

あるとき、ふと思ったんです。

「不登校は母親のせい」と言う人がいるけれど、
その人のお母さんがそれを聞いたらどう思うんだろう?

自分の母親が、

「あなたの子育てが悪かったから」

と言われたら、きっとつらいと思う。

それなのに、
世の中ではわりと簡単に

「母親の責任」

という言葉が出てくる気がします。

お母さんに求められる役割、多すぎない?

そもそも、お母さんに求められる役割って
すごく多くないでしょうか。

子どもの生活管理
学校との連絡
家庭学習
食事
健康管理
人間関係のフォロー

そして何か問題が起きると

「親は何をしていたのか」

と言われることもあります。

もちろん、親にできることはあります。

でも、
すべてをコントロールできるわけではありません。

子どもが学校に行くかどうかは、いろんな要因がある

子どもが学校に行くかどうかは、

本人の気持ち
学校の環境
友達関係
性格
タイミング

いろいろな要因が重なります。

親がどれだけ努力しても、
うまくいかないこともあります。

それでも

「母親のせい」

と言われてしまうと、
親はどこで休めばいいのでしょうか。

正直に言うと、世間体を気にしていた自分もいた

もう一つ、後から気づいて驚いたことがあります。

当時の私は、
子どもを必死に学校へ行かせようとしていました。

もちろん子どもの将来のことも心配でした。
でも、それだけではなかった気がします。

正直に言うと、
「普通のお母さんでいたい」という気持ちが強かったんです。

周りから

「変なお母さん」

と思われたくない。

「ちゃんとした家庭」

に見られたい。

そんな気持ちが、どこかにありました。


「恥をかかされた」と感じてしまった瞬間

あるとき、自分の心の中にこんな感情があることに気づきました。

「どうして学校に行かないの?」
「私に恥をかかせるの?」

そう思ってしまった瞬間があったんです。

自分でもびっくりしました。

子どものことを心配していると思っていたのに、
その奥には

「世間からどう見られるか」

を気にしている自分がいたからです。


でも、その気持ちに気づいたとき少し楽になった

そのとき思いました。

「ああ、自分は“完璧な母親”になろうとしていたんだな」と。

でも、そんな母親はたぶんいません。

子どもが学校に行かないと、
親だって不安になります。

焦ります。

周りの目も気になります。

そういう感情が出てくるのは、
ある意味普通のことなのかもしれません。

そう思えたとき、
少しだけ肩の力が抜けた気がしました。

親も、少し休んでもいいのかもしれない

子どものことを考えると、
親はどうしても頑張りすぎてしまいます。

でも、

「努力してもうまくいかないこともある」

そう思えるだけでも、
少し気持ちが軽くなることがあります。

不登校の問題はとても複雑です。

だからこそ、
誰か一人の責任にする話ではないと思うのです。

少なくとも私は、
全国のお母さんたちが

「全部自分のせいだ」

と思ってしまう必要はないんじゃないか、と感じています。

不登校が続くと、親のほうが疲れてしまうこともある

不登校の話をすると、どうしても「子どもの問題」として語られがちです。

でも実際には、親のほうが疲れてしまうこともあります。

朝になるたびに

「今日は行けるかな」

と様子を見て、
行けなければまた一日が始まる。

学校からの連絡、先生とのやりとり、
親戚や周りの人からの言葉。

何気ない一言でも、
そのときの親には重く感じることがあります。

「甘やかしているんじゃない?」

「もっと厳しくしたら?」

そんな言葉を聞くと、
ただでさえ不安な気持ちが、さらに大きくなってしまうこともあります。


「疲れた」と思うのは、頑張ってきた証拠

不登校が続くと、親は

「どうすればいいんだろう」

とずっと考え続けます。

学校に相談したり、
本を読んだり、
ネットで情報を探したり。

できることは全部やろうとする人ほど、
どこかで疲れてしまうことがあります。

でも、もし今

「正直、疲れた」

と感じているなら、
それは今まで頑張ってきた証拠でもあります。


親が少し休むことも大切

子どものことを考えると、
親はなかなか休めません。

でも、親がずっと張りつめたままだと、
それもまた苦しくなってしまいます。

ときには

「今日は何も解決しなくてもいい」

そう思って、少し休む日があってもいいのではないでしょうか。

不登校の問題は、
一日で答えが出るものではありません。

だからこそ、
親も無理をしすぎないことが大切なのかもしれません。

不登校を認めることと、理不尽への耐え方

世間には「不登校を認めると、子どもや家庭が理不尽に負けてしまう」と考える意見もあります。私も以前はそう思い、家庭内でも小さな大人のように振る舞い、理不尽に耐え続けていました。

でもその結果、自分というものがない状態で育ってしまい、社会に出たときに大きな影響が出ました

  • 就活では自己アピールがうまくできず、固まってしまった
  • 他人の言葉や行動の裏を読むクセがつき、少しひねくれた性格になった
  • 自分の限界や感情を表に出せず、断ることも苦手だった

要するに、ルールや理不尽に耐えることは大事だけれど、体や心が悲鳴を上げているのを無視すると、後々の発達や人生に影響するということです。

家庭でも学校でも「我慢」を美徳にしすぎず、必要なときには休む、距離を取る、声をあげることが大切です。

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