不登校になると親も追い詰められる。支援を受ける側の疲弊について

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不登校になると、子どもだけでなく親も消耗します。

私は不登校の子どもを育てる中で、気づけば毎日のように誰かへ説明をしていました。

学校へ説明する。

相談員へ説明する。

保健師へ説明する。

支援機関へ説明する。

何度も同じ話を繰り返しているうちに、だんだん「言い訳をしている」ような気分になってきます。

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毎月の家庭訪問が憂うつだった

当時、学校相談員による家庭訪問を受けていました。

本来は支援のための訪問だったと思います。

でも私にとっては、だんだん違うものになっていきました。

正直に言うと、

「月に数回、学校から査察を受けている」

ような気分だったのです。

相談員さんは家の中を見ます。

気になったことを質問します。

何気ない会話だったのかもしれません。

でも当時の私は、

「チェックされている」

と感じてしまっていました。

家庭訪問のために数日前から片付けをしていた

訪問当日に慌てて掃除するだけでは間に合いません。

数日前から、

  • 部屋の片付け
  • 掃除
  • 見られたくない物を隠す

そんな準備を始めていました。

本来なら子どもの支援のための時間なのに、

気づけば私は

「家をどう見られるか」

ばかり気にしていました。

家庭訪問が近づくたびに気が重くなります。

子どもではなく親が対応することも多かった

相談員さんは子どもの様子を見に来ます。

でも不登校の子どもは、

  • 睡眠リズムが崩れている
  • 気分が乗らない
  • 人と会いたくない

ということもあります。

わが家でも、子どもが出てこないことは珍しくありませんでした。

そうなると、結局私が対応することになります。

気づけば、

「子どもの相談」

より

「親への聞き取り」

になっていました。

仕事のことまで聞かれるようになった

家庭訪問の中では、私自身の仕事について聞かれることもありました。

どんな仕事なのか。

どこで働いているのか。

どうやって収入を得ているのか。

もちろん、状況把握のためだったのかもしれません。

でも私には少し踏み込みすぎているように感じる場面もありました。

特に怖かったのは、

私が管理しているホームページや仕事の内容を特定されそうになったことです。

今振り返ると、

「そこまで話したくない」

と言っても良かったのだと思います。

でも当時の私は、その線引きができませんでした。

消耗していると境界線が分からなくなる

不登校になると、親も疲れます。

学校とのやり取り。

支援機関との連絡。

将来への不安。

子どもの対応。

毎日が精一杯です。

すると、

  • これは答えなくてもいい質問では?
  • これは断ってもいいのでは?
  • 本当に必要な支援なのだろうか?

という感覚が鈍くなります。

私はかなり後になってから、

「本当は嫌だった」

ことに気づきました。

定期的に支援内容を見直してもいい

支援につながること自体は悪いことではありません。

むしろ必要な支援もたくさんあります。

ただ、

  • この支援は本当に役立っているか
  • 負担の方が大きくなっていないか
  • 今の自分たちに合っているか

は定期的に振り返ってもいいと思います。

不登校で消耗していると、

「続けるのが当たり前」

になってしまいます。

でも支援は我慢して受け続けるものではなく、

必要に応じて見直していいものだと、今は思っています。

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